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   哀 憐 峠


1 決 闘
                  ・・・・・「序 章」

 比羅保許(ひらほこ)城主裳上義康は、父宗康の死に伴い十五歳にして城主になった。若さ故の奢りなのか何事に於いても独断専行、即実行を旨としてきたが、其のため家臣からは傲慢と指をさされ畏れられもした。二十歳で妻を娶り一子を授かるが、同時に妻を失う。哀惜と傷心の念を抱きそれからは傲慢さも徐々に鎮まっていった。その義康も既に三十八歳の偉丈夫である。

「刑部
(ぎょうぶ)、刑部はおらぬか!」 
 退屈を持て余したような義康の声が響く。
「お呼びで御座いますか」
 家老の筧刑部があたふたと駆け込んで来た。
「余の家臣の中で一番武術に長けた者は神埼だろうか」
 不意を突いたような問に刑部は首を捻った。
「神埼殿もお強いが磯辺殿も甲乙つけ難い腕前かと存じます」
「確かにあの両名は比羅保許城の竜虎との評判なのは余も聴くところだ。
一度立ち合わせて見よ」
「はい、両名に伝えそのように取り計らいましょう」
「立合いは真剣でな」
「殿!それはなりません。木刀が然るべきかと存じます」
「いや、木刀では真の腕前が判らぬ。真剣を用いよ」
 嘗ての傲慢さを見るような高飛車な声が刑部を襲った。
「殿!あの両名は当家の宝、真剣で立ち合えばいずれか一方は斃れます。さすれば
当家にとりましても損失大なるは必定、ここは何卒木刀にてご容赦下され」
「そちは余に意見してる積りなのか」
「滅相もございません、然し、真剣とは余りにも無謀かと・・・」
「余を無謀と申したな。赦せぬ、其処へ直れ!斬り捨ててくれるわ!」
「平にご容赦を・・・」
「ならばつべこべ申さず早急に取り計らえ!」
「ははっ」
 一旦言い出したら後へ引かぬ若き日の殿を見たような驚きを胸に、刑部は悄然と
した面持ちで御前を辞した。

                  「決  闘」

 苦渋に満ちた顔の前に平然と座す神埼弥太郎、磯部敬四郎を相互に眺め、刑部が
口を開いた。
「殿のご命により明日辰の刻、お二方の立ち合いが決まり申した。しかも真剣勝負
とのことでござる」
 血を吐くような刑部の声に神埼、磯部の両名は一瞬見合ったものの破顔した。
「いかがなされた?」
 刑部が訝りながら気が狂ったのではないかと慌てている。
「ご家老は何故慌てている、顔も蒼白ではないか。武士はいかなる時も真剣勝負、
立ち合うは吾ら両名、ご家老が脅えることもあるまいに」
「近頃は戦もなく腕が鈍ってならぬ、弥太郎と真剣勝負とはこの上無き歓び、
決して負けはせぬぞ」
「望むところだ。首を洗って念仏でも唱えておくがいい」
「その言葉そっくり貴様に返しておこう」
「アッハッハッハ・・」
「ウワッハッハ・・・」
 ――何と言う事だ、明日はどちらかが死ぬと言うのに、恐怖の片鱗も無いのか。
 刑部はどちらも死なずに引き分ける手立ては無いものかと思案するが、刑部の
知恵でどうなるものでも無い。真の武士には死ぬことよりも生きて勝負に敗れる屈辱を
嫌うほどの誇りがある。武運拙く敗れるのであれば、腕を斬られて生きるより額を
割られて死ぬ方を選ぶ二人であった。


 *神埼弥太郎 自称・無限流 三尺三寸の大太刀を使い
               上段からの一撃が得意技
 *磯部敬四郎 自称・飛燕流 小太刀の使い手で二刀流も
               こなす。薙
(なぎ)一閃が必殺技
 神埼は上段に構え、磯部は正眼鏑崩し
(かぶらくずし)につけた。両者微動だにせぬまま
一刻(
約2時間)が過ぎた。腕前は互角、築山を埋め尽くす群衆は固唾を呑んで見守っている。
上段と下段、腕前が互角なら常識的には上段が有利とされる。それは振り下ろす太刀の
重量が薙を払う太刀よりも速度や破壊力を持つからである。だが欠点もある。振り被る大きな
動作から隙も生じ易い。転じて正眼からの薙は無駄な動きを最小限に止めようとする為、失速は
免れない。尤も剣の達人ともなれば相互の差異は無きに等しい。かと言って皆無では無い。
紙一重の差が勝敗の分かれ目となる事も少なくは無いのだ。
 勝敗は対峙する位置に依っても異なる事がある。風上に立つか、太陽を背にして立つかに
よって互角の相手が6;4分あるいは7;3分の運・不運を手にする場合も有りうる。
腕前が拮抗するほど地的条件は大きな武器ともなるのだ。
 曇天で無風、平坦な武術鍛錬所は神埼、磯部のどちらにも優位となる条件は無い。
 
 微動だにしなかった両者が少しずつ左に旋回しやがて位置が入れ替わり再び静止した。弥太郎の
太刀が上に微かな動きを見せ、その動きに合わすかの如く敬四郎の太刀が薙の態勢に入った。
「やっ!」
「とぉー!」
 静寂
(しじま)を切り裂く裂帛の気合と共に相互の刃が炸裂した。群集の響動きに築山が揺らぐ。
 相手の面を打砕いたかに見えた弥太郎の太刀は敬四郎の眉間を掠め鉢巻を割いた。額に一筋の
血を引き鼻筋を染めて地に落ちた。敬四郎の太刀は弥太郎の胴を真一文字に斬り割いたようにも
見えるが両者の態勢からは仁王立ちの敬四郎の方が勝ったようにも見える。
「神埼、そちの勝じゃ!」
 義康が立ち上がり労いの言葉をかける。誰の目にも神埼弥太郎の勝と見えた。・・・そして
「わぁー」と言う群集の驚声と共に弥太郎の体が(どぉー)と崩れ落ちた。既に息絶えた弥太郎に
片膝を付き悲しげな顔をした敬四郎が、ゆっくりと立ち上がり歩み寄る。
「弥太郎、赦せよ」
 泪ながらに心で語りかけるその目に弥太郎の死顔が笑っている。敬四郎は殿を一瞥し無言でその
場を去ってゆく。眉間から滴る血が泪に溶け頬を濡らす。
「勝った」との歓びも己が強かったとの自負心もない。込上げる無情の悲しみだけが敬四郎を苛み、
滂沱として溢れくる泪を流れるに任せただ無性に腹立たしかった。弥太郎にも勝負に敗れた悔しさは
無かったであろう。笑っている死顔がそれを物語っている。敬四郎も額を割られ謂わば相打ちに均しい
勝負だった。然し、真剣勝負を命じた義康の真意をしらずに逝ってしまった事は謎として残ったであろう
事は想像に難くない。義康の真意、それが何であるかは義康が口を開かぬ限り永遠の謎であろう。
だが謎は思わぬ形で敬四郎の耳に飛び込んでくる事になる。


                2 惨 殺
              
 
村人が比羅保許の華と羨望の眼差しを一身に集める比羅保許城の姫君「小夜姫」は十七歳の春を迎えた。稀に
見る美貌も然りながら、襟足の白さ、膨よかな胸、緞子の帯を締め上げた腰のくびれ、どこを見ても浮世絵を凌ぐ
美しさである。この時代、浮世絵は無かったのだからこの比喩は当らないが、男たちの憧れの的だった事は間違い
無い。小夜姫の母は難産に苦しみ産み落すことが出来ず、母子共に生命さえ危ぶまれた。産婦は息も絶え絶えに
「わらわの腹を切り裂きこの子だけはお助け下さい」と言い事切れた。義康は断腸の思いで妻の腹を切り裂き赤子
を掴み出すと側の盥に張ってあった水で ”ざぶざぶ”と悪露
(おろ)を洗い落し取り上げ婆に渡した。不憫な生れ
の小夜を無き妻の生まれ変りとして慈しみ育てあげた自慢の娘である。
――世継も無い今小夜に婿を授け、次代の城主とせねばならぬな。
 思案の末に婿選びとして考えたのが、神埼・磯部の決闘という愚策だった。この愚策は義康の胸に蔵われ誰一人
知るものはいないと思っていた義康であったが、一人の子供の夢が噂を作りだす。

「磯部様が小夜姫様の婿殿になるとよ」
「法螺吹きマサが又有りもしねぇ嘘つくと承知しないぞ!」
「嘘じゃないよ、この間の果し合いは婿選びに殿様が考えたんだってさ」
「誰だい、そんな嘘言う奴は」
「夢ん中で神様に聞いたもん」
「やっぱり嘘じゃねぇか」
「ホントだって・・俺の夢は ”政の夢”って言って良く当るんだ」
「阿呆!それを言うなら正夢と言え!大人をからかうんじゃねぇ!」
「今時の大人は素直じゃないから困ったもんだ」
「こいつ!殴られたいのか!」
 こんな他愛もない遣り取りが噂となって広がりやがて敬四郎の耳にも届いた。掛替えの無い友を自らの手であの
世に逝かしめた慙愧の念に鬱なる日々を送っていた敬四郎は腹が立つものの、農民や子供相手に怒ることもならず
昼酒を呷
(あお)りごろりと横になった。

「磯部様、ご家老様の使いで参りました」
 表に声がして中間
(ちゅうげん)の茂市が駆け込んできた。
「おう、茂市か、どうした」
「明日お殿様直々のお話があるのでご登城下さいとのことです」
「相判った、明日は必ず登城すると伝えてくれ。ご家老にも心配かけて済まぬともな」
 果し合い以後、気分が優れぬと城へ出向かず、家老の刑部が殿の謗りにあっている事を案じていた所でもある。
「いつまでも悲しんではいられまい」
 敬四郎は傍らの丼に五合程のドブロクを注ぐと一気に飲み乾し腕枕に身を横たえた。
 翌日――
「どうれ、殿のお叱りでも受けてくるとしようか。待てよ、又退屈凌ぎの立ち合いでもさせようというのか」
 ――もしそうなら今度はきっぱり断ろう。弥太郎亡き今、誰と刃を交えようと負けることはないが、
   徒に人の命を奪う愚行は冒さない。   そう心に誓って着流しのまま城へ向った。
 ――着流しが殿の逆鱗に触れ無礼打ちになるならそれもよし、理由なく切腹はせぬが殿の刃に斃れるのであれば
   弥太郎への供養にもなるだろう。
 そんな自棄っ鉢な気分のまま城の門を潜る

「殿、磯部殿が参られました」 刑部の声が心なしか弾んでいる。
「おお!来たか、待っていたぞ直ぐに通せ」
 不機嫌そうな無精髭に着流しで現われた磯辺を前にしても、咎める様子はない。刑部は安堵している。
「過日の真剣勝負、余は久しぶりに楽しませて貰った、礼を言うぞ」
「恐れ入ります」 敬四郎は返答に窮している。
 ――朋輩同士の殺し合いを楽しまれて堪るものか。
 こみ上げる憤怒を辛うじて堪え、義康の顔を見据える。
「そちの腕前見事のよう。余は感服したぞ」
 敬四郎の傷心を逆撫でするような言葉を発し義康は上機嫌である。
「そちには褒美を与えねばならぬのだが、何がいいかな」
「頂戴致す謂
(いわれ)も無きことなればご辞退申し上げる」
 キッと見上げた目が血走っている。
「何だその目は、余に恨みでもある様な目だぞ」
「殿が恨めしいのでは御座りませぬ。無二の朋輩をこの手で殺めた悔恨と、その事で殿よりお褒めの言葉を
賜るこの身が悲しいのです」
「神埼の事は余も残念に思う。だが勝負は時の運、そちの腕前が勝っていたから勝を得た。そちが悩まずとも良い」
「いえ、是まで道場での申し合いは五分と五分、勝負は時の運と申されましたが正に紙一重の運だけが生死を
分けた勝負だったのでしょう。然し其れによって掛替えのない朋輩を失って終ったのです」
 敬四郎の眼に光るものがあった。義康はそれが悔し泪であることを知ったが無視するように言葉を継ぐ。
「そちの心情よう判った。褒美はそちの意思に預けておく。今日呼んだのはその事ではない、小夜も今年で
十七歳。そろそろ婿を迎えねばと思うのだが余はそちに小夜を娶って貰いたいのだ、承知してくれぬか」
 義康は声を落して敬四郎の顔色を窺う。その顔は ”断る理由も無かろう” との自信に満ちている。
「余はそちか神埼のいずれかを小夜の婿と決めていた。神埼亡き今小夜の婿となるのは、そちだけなのじゃ」
 高飛車な物言いがあの決闘が婿選びの愚策だったことを示唆していた。
 ――矢張り噂は本当だったのか。
 他愛もない子供の戯言として聞き流していたものが、俄かに現実味を帯び甦った。
 ――何たる愚策!何たる無謀!武士に対する侮辱も甚だしい。
 敬四郎の胸に新たな憤怒が湧いた。今は甦らぬ弥太郎の顔が脳裏を過
(よぎ)ると忍耐も限界を越えた。
「殿!お命頂戴仕る!!」
 怒気に荒ぶる声と床に置いた太刀が鞘走るのが同時だった。義康の馘
(くび)が床を転げ、馘を失った胴体が血
しぶきを噴き上げ崩れ落ちた。総身に返り血を浴び仁王立ちとなった敬四郎の右手には血刀が鈍光を放ち修羅場を
一層引き立てる。
「乱心したか敬四郎!」
 側近の者たちが刀の柄に手を掛け一斉に立ち上がった。
「鎮まれい!わしは乱心などしておらぬ!」
 敬四郎の大音声に一同は一瞬たじろいだ。
「聞いてくれ、わしは過日主命により弥太郎殿と立合いその命を断った。されど二人の間には露ほどの遺恨もない。
又、わしの腕が勝っていたのでもない。然し真剣での立合いなれば両者、或いは一方が死ぬまで競うしかない。
勝負は時の運と言うが、お互いに死力を尽した結果であれば弥太郎も恨んではいまいが、あの立合いが小夜姫様の
婿選びだったとはわしも弥太郎も知らなんだ。わしは朋輩を殺めてまで妻を娶ろうとは思わぬ。殿の愚策により、
犬死にと化した弥太郎はさぞ無念であろう。わしとて掛け替えのない友を失った無念さ、いや武士に対する殿の
侮辱を払拭するため武士の意地を通したまで。わしに非の有らば潔く討たれようぞ!」
 敬四郎は血刀を抛りどっかと胡坐をかいた。誰一人として刃向う者も無く静寂が漂う。それは恰も殿に非がある
事を認めているかの如き光景であった。
 血の海へ座す敬四郎の眼には滂沱として泪が溢れ、その肩は慟哭に打ち震える。それは掛替えのない友を失った
悲しみの泪であり、義康の愚策を見抜けなかった己への悔し泪であった。 <つづく>

                               
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