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哀憐峠


3 悲哀

「姫様、お待ち下され」
「父上!父上!!」
「姫様、行ってはなりませぬ」
「離して!父上は何処じゃ!敬四郎はどこじゃ!」
 廊下に姫を止めようとする刑部や掃部
(かもん)の声に混じり、小夜姫の狂声が響いた。その声を耳にし
敬四郎の慟哭が止んだ。
 ――わしは姫様の悲しみも考えず何を求めたのだ。
 義康の無謀さに憤怒し、小夜姫の悲しみまで思考が及ばなかった己に愕然とした。
 ――詫びて済む事ではない、姫様の手にかかり弥太郎のもとへ逝こう。
 敬四郎は廊下へ出ると小夜姫の前に跪いた。
「姫様、敬四郎はお父上の仇、この胸をお突き下され!」
 既に血塗られた刀を姫に捧げ胸を開き瞑目する。その血染めの顔に小夜姫の目が凍りついた。
「敬四郎、そなたは何故父上を殺めたのですか」
 小夜姫の澄んだ声が響く。先ほどの取り乱した様子はどこにもない。城主を失った比羅保許の姫として
の威厳をそなえた姿にその場にいた全ての家臣が平伏していた。
「そなたは理由
(ことわり)もなしにこれ程の乱行をなすとは小夜にはどうしても思えぬ。父上の仇として
そなたを刺すにしても、小夜はその理由が知りたい。話してくりゃれ」
「全ては敬四郎の乱行、姫様にとってはお父上の仇。どうぞこの胸をお突き下され!」
 ――何も言わず姫様に討たれよう。
 敬四郎はあの世で弥太郎にも詫びたいと思った。
「そなたは死ぬお積りなのですね」
 小夜は悲しげな目で敬四郎を瞠めその顔を刑部へ移した。
「刑部殿、敬四郎は何を聞いても話してくれぬそうな、変ってそなたが説明してくりゃれ」
「ははっ、されば・・・」 刑部が口を開こうと立ち上がりかけた。
「ならぬ!、ならぬぞご家老!」
 怒号とも紛うばかりの大音声に怯み、刑部が乗り出した身を引く。
「敬四郎、そなたは何故なにも言ってくれないのだ。理由も判らずそなたを刺せばこの小夜も罪人となる
のですよ」  
 小夜は膝を折り敬四郎を諭すように声を落した。
「全てはこの敬四郎の未熟さゆえの所業でござる。御赦しくだされ」
 泣きながら詫びつつも姫を抱きしめたい程の衝動に駆られる敬四郎である。
「判りました。小夜はきっとそなたを父上の仇として討ちますが今はできませぬ。小夜が呼ぶまで謹慎
しやれ、自害は宥さぬぞえ」
 小夜は立ち上がった。
【刑部、敬四郎はそなたに預ける。自害などせぬよう、しっかり見張るのじゃ」
「ははっ」
 敬四郎でさえ仰天する程の凛とした声に刑部はあたふたと牢番を呼び敬四郎を座敷牢に連れていく。
              ・        ・
 小夜は父の死は悲しいがその裏に何かの事情が隠されているとの思いが残り気がかりだった。口にこそ
出さないが敬四郎の男らしさに惹かれ常々恋心さえ感じていたこともあった。父の気性の激しさに心を痛
めた事も一度や二度では無い。この度も父に非があったのではないかとの疑念を払拭し切れないのである。
死ぬ覚悟でいる敬四郎を牢に入れたのも万に一つ自害するような事のないよう、敢て厳しい言葉で振舞っ
たのであった。 小夜は無性に悲しかった。父の死も然ることながら敬四郎を仇としなければならぬ身の
不遇を嘆かわしく思うのである。
 ――敬四郎様、小夜は貴方様をお慕いしておりました。
 心で呟きながらも今では敬四郎だけでなく、人前では素振りにも出せない感情である。
「掃部
(かもん)よ、そなたは父上が斬られた理由を存知ないかぇ」
 刑部が口を開かぬと知った小夜は次席家老の楳図掃部
(うめずかもん)を呼び問い質した。
「詳しくは存じませぬが殿が磯辺に姫様を娶ってくれと申されました。その後、磯部が殿を一太刀でお斬
りになりました。咄嗟の出来事で防ぐ間も無かったのです」
「敬四郎は小夜を拒んだのかぇ?」
「そうでは御座いません。殿の馘が・・いや、殿がお斃れになられて磯辺の乱心と見た側近の者たちが一
斉に敬四郎を取り囲みました。然し誰一人手向かう事が出来なかったのです」
「敬四郎に敵う者がいなかったのですね」
「違います、磯辺は ”乱心ではない、話を聞いてくれ”と言って殿への乱行の理由を話したのです。爺が
知っているのは此処までです」
「敬四郎は何と言ったのですか」
「爺の口からは申し上げられません」
「知っているのですね」
「話は確かに聞きました。然しそれが実の話かどうか判りません。姫様にお聞かせしても悲しまれるだけです」
「構いません、敬四郎は何と言ったのですか」
「・・・では申し上げます。磯部は ”殿を殺めたのは弥太郎との立合いが姫様の婿選びにあったと知ったからだ。
わしらは何も知らずに立合いその結果として弥太郎は死んだ。殿の愚策から掛替えのない朋友を失い武士の意地
として刃向ったまで”といったのです」
「父も婿選びだったと言ったのですね」
「いえ、殿は ”余は神埼かそち
(磯部)を小夜の婿と決めていた。神埼亡き今小夜の婿となるのはそちしか
いないのだぞ”とこう申されました。其の後です、磯部が ”お命頂戴!”といって刀を振るったのは」
「まこと父上の仕組んだ婿選びだったのですね」
「磯辺の言う事を信じればそうなりますが、殿はそれについては一言も口にしておりません」
「よく話してくれました。小夜はこの事をよく考えてみます、暫く他言せぬよう頼みますぞ」
「ははっ」
 掃部が出ていくと小夜はあれこれと思案を巡らしてみた。
 ――敬四郎様は嘘をついたり、勘違いをするような方ではない。婿選びの手段として果し合いを企てる
   とはいかにも父上の考えそうなことのようでもある。
 ――小夜のこととなると何でも聞いてくれた父のこと、行き過ぎがあったのではないだろうか。
 小夜はその真偽を確かめるため、家臣を一人ずつ呼んで聞くことにした。そして中間の茂市から村人の
間で広まった噂話を聞くに至った。城内のことは何も知らずにいた小夜ではあるが、掃部から聞いた話と
子供の夢の話を重ね合わせて考えると全て辻褄の合う話だった。
「敬四郎様、父上の無謀を赦してやっておくれ」
 小夜は敬四郎の前に跪き泣き崩れた。
「姫様、如何なる理由があろうとも主殺しは大罪、敬四郎は姫様の手にかかり死にとう御座います。自害
して果てるは容易き事なれどそれでは武士の一分が立ちませぬ。姫様が仇討ちをご決心なさるまでお待ち
致します」
 敬四郎も又泪ながらに詫びた。互いに思慕の情を抱きながら二人の間にその思いを繋ぐ糸は完全に断た
れていた。    
<つづく>         

                 
                         4 城主の座

 義康の死は病死として伝えられ比羅保許城領内だけで秘めやかに行われ、高堂楯当主の厨田敏忠(くりたびんちゅう)
だけが参列した。
高堂楯とは比羅保許城の傘下にある城塞で羽前北域の治安を守る要衝である。義康惨殺の真相は
この敏忠だけに知らされた。  そして凡そ半月、城に落ち着きは戻ったものの、小夜の傷心は一向に癒えない。
「姫様、お嘆きはお察し致しますが何かお召し上がりになりませんとお身体に障ります。粥をお持ちしましたので
お召し上がり下さい」
 乳母として小夜を育て今は侍女として仕えるお甲は心配そうにとりなした。義康が惨殺されてから半月の間、口
にしたものと言えば三粒の木苺と僅かな白湯だけである。生まれながらにして母を失い、今又頼れる父を失った小
夜の悲しみにはお甲の思い遣りも無為に均しかった。
「今は何も欲しく有りません。少し考えたい事がありますのでお甲は下がってください」
「いえ、お側においてください、お邪魔は致しません」
「お甲は小夜が死ぬのではないかと心配なのですね」
「はい、お食事だけでもお食べ戴きませんとお甲も辛う御座います」
「判りました。小夜は死ぬことなど考えていませんので安心して下さい。食べたくなったら小夜から言います」
「きっとですよ、姫様に万一のことがあればお甲もお供致しますよ」
「まぁ、お甲の為にも小夜は生きていなければなりませんのね」
 小夜は微かに笑みを浮かべたものの寂しげである。
 ――どんなにかお心細いだろうに。
 廊下を下がりながらお甲は泪が止らなかった。母の胎内から父の手によって掴み出され、大根でも洗うように
盥の水でザブザブと体を清められた赤子だった。あの時取上げ婆として任務を果せなかった事が今の不幸を招いて
いるようでお甲は辛いのである。
 ――姫様が一日も早くお元気になられますように・・・。
 お甲は神に祈らずにはいられなかった。

 その頃、大広間では家老以下二十余名の重臣たちが額を寄せ評定が開かれていた。
「殿の死は病死として世間に伝えたものの、早急に代りの城主を立てねばならぬ。今まで殿の凄腕に支えられ外部
からの侵攻もなく維持されてはきたが、殿亡き今次の城主を立てねば若しもの事態に混乱を招くは必定。依って
わが藩に相応しき城主をご推挙戴きたい」
 家老の刑部が座を見渡し口を開いた。
「さすれば小夜姫様に婿殿をお迎えしてはいかがかな」
「此度
(こたび)の惨劇が姫様の婿選びから生じた事なれば、姫様は承知なさらぬだろう。無理に押し通せば自害せ
ぬとも限らぬ」
「姫様が若殿であれば良かったに・・・」
「これ!控えよ!姫様に無礼だろう」

 刑部は慌ててこの暴言を制した。
「然らば順序としてご家老の筧殿がなられるべきではないか」
「そうだ、そうだ。殿のお膝元にいて藩の内情にも詳しい筈、拙者も筧殿が最適と見るな」
 次席家老の掃部が後押しする。自分に矛先が向かぬようにとの思惑もあっての事だろう。
「ちょっ、一寸待って下さい。わしは六十五歳の老体、譬え城主となったにしても直ぐに隠居が待っているようなも
のじゃ。それにわしには藩を掌握してゆく器量などあるとお思いか。ここは武術に長けた御仁を推挙くだされ」
 今にも城主に担ぎだされそうな雰囲気に刑部は慌て、額の汗を拭きながら必死である。独裁的だった義康の後を
引き継ぐことは火中の栗を拾うにも等しく進んで「俺が遣る」と名乗り出る者もいない。
「武術に長けた者と言えば磯部殿はどうかな」
 一人がふと敬四郎の名を呟いた。
「あいつなら腕も立ち才もある。然し殿を殺めた張本人ではないか」
「亡き殿に反旗を翳すような気もするが、他に候補がないなら一考の余地はあるかもな」
「亡き殿を悪し様に言う積りも無いが、あの一件は殿にも非があってのこと、殿も判ってくれるのではないか」
「この先城を守って行くことが亡き殿への供養だと思うな」
 堰を切ったように次々と勢いづいた意見が交錯しる。
「皆の心底よう判った。一番に大事は城を護り抜くことにある。磯部殿を推すことで依存ないな」
「異議無し!」
「賛成!」
「拙者も御同様でござる」
「そうと決まればあとは磯辺を動かすだけだな」
 三日三晩議論し尽くした疲れもあり、意見の一致を見た重臣たちは磯辺を呼び事の経緯をつぶさに伝え懇願した。
「わしは三石二人扶持を賜る一介の雇われ武士、其の上理由はどうあれ、殿を殺めたるはこのわしじゃ。城主になる
など本末転倒も甚だしきこと、この一件聞かなかったことにするからお引取りください」
 敬四郎は頑として耳を貸さず、重臣どもの身勝手さに腹を立てていた。小夜姫の悲しそうな顔が浮かぶ。
「そなたの気持はよう判る。されど他に城を護れる御仁はそなたしかおらんのだ」
「わしは姫様が仇討ちに来られる日を待つ身、お引取り下さい」
「姫様は仇討ちなさる気など露ほどもありませぬ。姫様に済まぬとのお心があるのなら城主となって姫様を支える
事こそ姫の為であり、殿の供養にもなるのですぞ」
「姫様もそなたに非の無きことはご承知なのだ。姫様も内心はそなたが城主になることを望んで居る筈だ」
 刑部始め重臣たちは敬四郎に後ろを向かれれば手の打ちようがなくなるので必死である。
「そのような世迷言を言われてもわしはこれ以上罪を犯すようなことはしない。お引取り下さい。さもなくば刀に
掛けてもわしが出てゆく」
 敬四郎はこれ以上は問答無用とばかり刀を手にして立ち上がった。もう誰も引き止める事は出来ない。重臣たちの
目論見は水泡に帰したかに見えた。

「最近ご家老の顔が見えないが多忙のようですね」
「はい、ご城主さまが亡くなられ采配を振る方が居なくなった為、次のご城主様を決める会議でご多忙のようです」
「それでどなたが候補に挙がっておられるのですか」
「ご家老の筧様、次席家老の楳図様、騎馬将軍の駿河道雅様などが候補と聞きました」
「まだどなたか決まらないのですか」
「先ほど道場から皆さん帰られたようですから、結論はでたのかも知れません」
「小夜も結果が知りたいのでご家老を呼んでくれませぬか」
「承知しました」
 小夜とお甲の会話が途切れお甲は家老の刑部を迎えに去った。程なく刑部が現われ城主に推挙された敬四郎が
”姫様への謀反となるような事は出来ぬ” と断った事を告げた。この意外な展開に小夜も一旦は絶句したものの、
比羅保許城、延いては領民を護り抜くには敬四郎意外に無いとの結論に至った。小夜は刑部と敬四郎を呼び城主
を引き受けてくれるよう懇願した。敬四郎も小夜姫の願いなれば断る謂れも無く比羅保許城主の座を引き受けざ
るを得なかった。
 敬四郎は名を神室忠頼と改め義康の墓へ詣で、反逆の詫びと城主として比羅保許領を豊かにすることを誓った。
その足で弥太郎の墓を訪れた忠頼
(敬四郎)は、義康を討った刀を墓前に供え今までの経緯を逐一報告し、酒を酌み
交したのであった。
「なぁ弥太兄ぃ、わしもそっちに行きてぇが、成行きで殿様になっちまったんで死ぬこともならねぇ、勘弁な。名前を
神室としたのも神埼の一時を拝借したって訳よ。これからは貴様と一緒に城を守って行きてぇのさ。」ほら、もっと飲
みなよ、なにっ?そっちの酒はもっと旨めぇだと・・この野郎ふざけんじゃねぇや!」
 どうやらすっかり酔っ払ったみたいである。夏の夕暮れがそこまで忍び寄っていた。   (つづく)


 
                          B悲哀 C城主の座 終       

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